人道的な未来を築くために
シンカハモニーでは、死刑制度廃止協賛活動を推進しており、その理念と目標についてお伝えしたいと思います。
死刑制度は、犯罪に対する刑罰として、世界中で議論されている重要なテーマの一つです。死刑制度が持つ深刻な懸念とその影響に焦点を当て、下記の理由からその廃止を支持しております。

なぜ日本では「死刑はやむを得ない」が8割前後になるのか
賛成の背景を、まず丁寧に理解するために
政府(内閣府)の「基本的法制度に関する世論調査」では、死刑について「場合によっては(死刑も)やむを得ない/将来も廃止しない」といった回答が8割を超える状況が繰り返し確認されています(直近調査でも“必要(やむを得ない)”が83.1%と報じられています)。
この数字だけを見ると、「日本は圧倒的に賛成」と映ります。しかし、そこに至る人々の気持ちや社会の背景は、単純な“厳罰志向”だけでは説明しきれません。
死刑制度をめぐる議論は、被害者・遺族の痛みと強く結びつきやすいテーマです。だからこそ私たちは、賛成の声を「分からない」「感情的だ」と片づけず、なぜ多くの人がそう考えるのかを誠実に理解するところから始めたいと考えています。理解は、対立を煽るためではなく、社会としてより良い結論に近づくための土台です。
1)「罪には償いを」という応報感覚の強さ――そして“仇討ち”の物語が残した感覚
日本では昔から、「重大な罪には、それに見合う重い罰が必要だ」という感覚(応報)が社会に根づいてきました。
とりわけ、私たちが歴史や物語として共有してきた“仇討ち”――たとえば忠臣蔵や曾我兄弟の仇討ちのような物語は、「奪われたものには償いが要る」「正義は相応の代償を伴う」という感覚を、文化的記憶として育ててきた面があります。
もちろん現代の刑事司法は私的報復ではなく法の手続きに基づくものですが、それでも「取り返しのつかない被害には、取り返しのつかない罰がふさわしい」と感じる直観に、こうした背景が重なりやすい――そう指摘されることがあります。
2)治安の良さが生む「重大犯罪への強い拒否感」
日本は比較的治安が良いと感じられている社会です。そのため、重大事件が起きると衝撃が大きく、「この逸脱には最大限の対応を」という世論が形成されやすくなります。
同時に、加害者の更生可能性よりも、まず被害者の苦しみへの共感や「二度と起こってほしくない」という強い抑止願望が前面に出やすい構造があります。
3)メディア報道が“感情の焦点”をつくる
重大事件では、被害の残虐性や遺族の悲痛が大きく報じられます。そこに社会の関心が集中すると、加害者の背景や制度論(代替刑・再犯防止策・冤罪リスクなど)は相対的に見えにくくなり、「死刑が必要だ」という感情的理解に傾きやすくなります。
4)被害者遺族への共感が強い社会
日本社会には、共感を重んじ「迷惑をかけてはいけない」という規範意識が強いと言われます。重大犯罪はその規範を根底から破る出来事であり、遺族が「死刑を望む」と語れば、その痛みに寄り添いたい気持ちから支持が広がりやすい――この“共感の連鎖”も、賛成の大きな要因になり得ます。
5)宗教観・倫理観としての「因果応報」
日本は宗教的に多元的ですが、仏教的な因果応報(業・カルマ)の感覚が生活文化に広く残っています。
「悪い行いには悪い報いがある」「命を奪ったのなら償いが必要だ」という倫理観が、応報感覚と重なり、死刑支持の心理的土台になっている面があります。
6)国家・司法への信頼
「裁判は公平に行われる」「死刑執行は慎重だ」というイメージがあると、国家が行う死刑を「正当な判断」と受け止めやすくなります。信頼が高いほど、制度の危うさ(誤判・手続きの限界)に意識が向きにくくなることもあります。
7)死刑が“途切れずに続いてきた”ことの重み
欧州の多くの国が人権思想の発展などを背景に廃止へ進んだ一方で、日本では近代以降も死刑が制度として継続してきました。継続は、「あるのが当たり前」という感覚をつくります。日常にある制度ほど、立ち止まって再検討する機会は少なくなりがちです。
8)多数派に同調しやすい空気
「世論調査で多数が賛成」→「反対と言いにくい」→「賛成がさらに固定化」という循環が起こり得るとも指摘されます。
また、世論調査の設問設計によって見え方が変わり得ることも重要です。たとえば日本弁護士連合会は、政府調査の読み取り方や設問のあり方について検証・指摘を行っています。
誤判と冤罪の危険性
死刑制度では、冤罪による無実の方の死刑執行が発生する可能性があります。判決の誤りや不正確な証拠が取り扱われることで、無実の人が冤罪に巻き込まれるリスクが高まります。

人権侵害への懸念
死刑執行は、人権侵害の一形態として広く認識されています。死刑執行は苦痛や尊厳の侵害につながる可能性があります。
社会的・精神的影響
死刑制度は、社会的な分裂や不安定化を招くことがあります。また、刑罰としての死刑が一般社会に与える心理的影響も深刻です。

私たちの協賛活動は、これらの懸念に対処し、より公正で人道的な刑罰制度を促進することを目指しています。
死刑制度を廃止し終身刑制度を目指す活動団体への協賛
死刑制度廃止に伴う終身刑制度導入の意義について
日本では死刑制度の是非は長く議論されて来ましたが、死刑に代わる終身刑制度を導入することは、国民の理解はほとんど得られていません。しかしシンカハモニーは、終身刑制度が社会の安全と正義の実現を両立させる現実的かつ最良な解決策と信じます。
その理由としては、以下のことが考えられます。
第一に、司法制度には必ず誤審誤判というものがある以上、もし誤って死刑が執行されたら、奪われた命を取り戻すことは出来ないのが死刑制度です。実際、世界では死刑執行後に無罪が判明した例が多数あります。日本の司法は世界的に見ても高い水準にありますが、冤罪の可能性がゼロではない以上、命の不可逆な罰としての死刑制度は廃止した方が良いです。
第二に、終身刑でも死刑同様に、社会に対する防御機能を充分に果たすことができます。終身刑があれば重大犯罪者を社会から永久に隔離し、再犯を防止することが可能だからです。つまり死刑支持者が最右翼に主張する「社会防衛」という理由を、実質的に完全に代替することができます。
第三に、死刑制度は被害者や遺族の苦しみの解消に直結するとは限りません。死刑判決が確定しても死刑が執行するまでには長い時間がかかり、その間被害者の家族たちは事件を忘れることなく、様々な思いに苦しみ続けることになります。しかし終身刑の判決が確定すれば、その執行は直ぐに始まり、社会的裁きが完了したという事実を迅速に社会及び被害者の家族たちに示すことができます。
第四に、終身刑制度は国際社会での日本の信頼にも関わります。現在、主要な先進民主国家ではもちろんのこと、世界的にみても75%以上の国々が死刑制度を廃止しております。死刑制度の有無は人類全体の人権の問題として、外交や経済の国際協力の領域でも影響を及ぼす時代に入りつつあります。終身刑制度を整えることは、日本が国際的な人権に関する世界的共通基準に一歩近づく試金石でもあります。
最後に最も重要なことは、死刑の存続とは「国家が人を殺害する」という究極の権限を国家に与える行為です。この国家権力の権限は民主主義社会や自由社会に生きる人々の前では制限されるべきであります。終身刑制度は充分に代替となり得る合理的な制度です。死刑制度廃止は、決して犯罪者に甘い選択ではありません。むしろその逆で、終身刑は生涯にわたり犯罪者の自由を奪い、社会に戻る機会を完全に消失させる極めて重い刑罰です。終身刑制度の選択は、社会の安全性、法の正当性を保ち、取り返しのつかない冤罪を避けるための冷静かつ最良な人智であります。日本社会と日本人は「社会を守ること」「被害者の尊厳を守ること」「誤った権力行使を避けること」という人間存在の普遍的価値を同時に成立させることのできる制度を選ぶべきです。日本における終身刑制度の速やかな導入は、この三つの価値を実現するための何よりも大事な一歩です。
終身刑制度に関する各国の形態
欧米各国の多くは死刑制度に変わるものとして終身刑制度を運用しています。終身刑制度には生涯を刑に服するものから、恩赦による減刑、一定の刑期を経過したのちに仮釈放の審査を受ける権利を与えるものなど様々な運用形態があります。
私達はこの点も含めて慎重な議論が必要であろうと考えています。
意識向上と広報
私たちの活動を広め、社会に死刑制度の影響と課題について情報を提供していただけることも非常に重要です。ご友人やご家族さまにも協力をお願いできれば幸いです。

死刑制度廃止は、公正で人道的な社会の実現に向けた重要な一歩です。私たちの使命にご賛同いただける方々の支持が、この目標を達成するための大きな力となります。皆さまのご協力を頂けますようお願い申し上げます。
共に、死刑制度廃止の理念を広め、より公正な社会を築くために努力しませんか。